始発電車をやり過ごして遅めに出発したので、今日は、時間に関しては、余り時刻表を当てにせず、半ば行き当たりバッタリの気持ちで出かける。国立駅でスーパーホリデーパスを購入して、早出の通勤者と混じりながら7時半頃の中央線201系上り電車に乗車する。順調に走りながら、少し雨が降り出しそうな曇りの天気と睡魔の中、東京駅に到着する。高架ホーム端から長い階段を降り、一旦地下通路へ、そして今度は、地上ホームの山手・京浜東北線の上野・田端方面行きホームへと登り歩く。それに従って段々と体が慣れてくる。丁度入線していたステンレス車体に緑帯の山手線205系に乗車し、上野駅へと向かう。
上野駅に着くと、例の如く構内の列車見学、そして、朝食を済ませ、常磐線の発車案内表示にて9番線8時42分勝田駅行きを確認する。暫くして入線してきたホワイト地に紺色帯の415系15両編成のうち、先頭4両の土浦駅切り離し編成に乗車する。この時間の下り方面列車と言うこと、且つ、こちらの編成の車両はセミクロスシートであったので、贅沢ながらもワンボックスを確保する。発車間際になってもさすがにすいている。車内はどこも同じ着席密度くらいであり、やや、行楽客のほうが多目である。
上野駅を出ると、日暮里駅からの急な右カーブを過ぎてから、段々と加速して行く。快速線運行のため、途中の横に見える緩行線の駅に停車している通勤型電車を幾つも見て通過しながら、北千住、松戸の各駅に停車する。柏や我孫子駅辺りまで来ると郊外となり、序々に街の様子が開けてくる。取手駅を発車し、駅間中程まで来ると、ここは知る人ぞ知る「デッドセクション」である。上野方面からの直流電化区間がこの無通電区間で水戸方面への交流50Hzに切り替えられる。車内案内放送の後、非常灯を残しクーラーも止まり一時蒸し暑くなる。この時間帯は昼間だったから良いが、一度、日が暮れてからの時間帯にもう一度乗車してみたいなどと、余計な気持ちが沸く。ここぞ415系交直流両用電車活躍の場である。気のせいか交流電化区間に入ってから、屋根上の整流器の甲高い音がドアを開く毎に聞えてくる。土浦駅にて、いままで乗ってきた前方の4両が切り離しとなる。到着するとすぐさま貫通幌を取り外し、貫通扉が閉められる。次に、ジャンパ栓類が外され、連結器の解結作業となる。解結後に閉栓、点検をして、出発準備完了である。ここから先頭車両となったステンレス車体に紺色帯の同系1000番代車に乗り込み、定刻通りに土浦駅を発車する。多分、この辺りからは筑波山が見えるはずであるが、今日は曇りのため、辺りには水田のみが広がっている。今年の米は出来具合は大丈夫だろうか?などと心配しながら、10時32分、水戸線への乗換駅である友部駅の2番線に到着する。
木製の柱の跨線橋を登り、1番線兼駅本舎に移動する。土産物屋や軽食のカウンターが並んでいる。掲示板の時刻表で水戸線の時間を確認する。運行時間帯により途中駅通過となる列車もあるようだ。約1時間後の11時21分、先ほど降りたホームの反対側、3番線に水戸駅発からの列車が到着する予定である。それまで、駅前散歩とする。駅前は南東側に開け、各方面へのバス停、タクシー乗場兼営業所から、一軒々続き、駅前通りに沿って商店街の中に旅館が点在する。新旧の建物が入り雑じったような町並みが続いている。散歩を終え駅に戻って、構内で軽食を済ませてから、3番線に行く。4・5番線もあるがこちらは当駅始発列車のみ使用するのであろうか、何故か物凄く静かであった。
定時刻、ホワイト地に紺色帯の小山駅行き415系が、4両編成で水戸駅方面から入線し、乗車する。車窓は霞んでいるが、左側に水田と共に小高い近くの山々が見え始める。水田が綺麗に並んで広がっているのを見ていると、次第に田畑が入り雑じり、駅毎の各駅前の町並みが段段と連続するようになってくると下館駅である。この駅は真岡鉄道と関東鉄道への乗換駅となっており、それぞれ専用のホームに止まっている各車両が見える。ここから小山駅までは、ほぼ、市街地の中を走って行く。小山駅付近にも「デッドセクション」があり、ここから駅構内は直流電化区間となり、乗換案内などの車内放送が始まる。ところが、車内放送によると12時19分の到着予定が、現在約2分遅れだとの事。両毛線は6番線から12時24分発車だそうで乗換時間が心配になる。列車がホームに着き次第、慌てて階段を駆け登る。何度も聞こえる「両毛線は6番線発車、お急ぎくださ〜い!!」の駅案内放送の慌しい中、全線単線の水戸線が完乗となった。
階段の降り口を探して、小山駅6番線に駆け下りると、既に発車のベルが鳴り、車掌さんが手招きをして乗換え客を待っている状態であった。小山駅と言えば、小学校の修学旅行で日光に行く時に通過列車ではあるが来訪して以来である。当時はこの辺りでは東北新幹線の区間実験運転が行われていた事を一瞬思い出す。
小山駅を発車し、やっと余裕が出てきて一息つくと、車窓には住宅地が並び、それが段々と水田に変わって行く。全車ロングシートの車両の中から空席を探す。大平下駅や岩舟駅では、駅名の通りにすぐ近くに特徴のある形の山がドーンと踏ん張っているような感じである。この辺りではもう大半の乗客が降車して車内は静かになる。車窓右側には山が、左側のやや霞んで見える平地には水田が広がっている。この線区も単線区間のため、所々の駅で、列車交換の為に停車する。足利駅では時間があるので、ホームに出て小休憩をする。車両はクリーム地に赤と緑色帯の107系4両編成で、小山駅方からクモハ107+クハ106の2両単位×2ユニットとなっていた。直流電化区間である。住宅地の密度が段々と高くなって行き、桐生駅が近くなってくる。車窓は、足尾銅山の関係からか、各種の工場が点在しているのが特徴的である。13時22分、桐生駅3番線に到着した。
桐生駅では、一旦、高架下の改札口を出てから、わたらせ渓谷鉄道の終点、間藤(まとう)駅までの乗車券を購入する。再び自動改札を抜けて1番線への階段を登ると、茶色のディーゼルカー2両編成のエンジン音が力強く聞えてくる。出入り口の所には、ワンマン運転である事や、後乗り前降りであることなどが書いてある。車体中央の車両形式の表記が特徴的で「わ‐89‐×××」となっている。この2両編成は前後の車両の形が違うようだが、この番号は同じであった。最初の一文字は社名からと思われ、次は、年度であろうか。下位の3桁の番号で車両形式を別けてあるのかも知れない。また、各車両の貫通扉には1両毎に違うネームプレートが飾られていた。第三セクター経営や私鉄の車両はこういうところが興味深い。
早速、後ろの扉から乗車する。乗車率30%程度。この車両は片側二人掛けの前後進切替え可能なシートで地元の人と観光客が半々位であった。13時30分になり発車。桐生の市街地を抜け、東武線との乗換駅である相老駅を通る。この辺りから車窓は雑木林となり、隙間から渡良瀬渓谷の岩の間を縫う水の流れが見え隠れする。車内では各駅毎に丁寧な観光案内放送があり、各駅には観光案内所が設けられ、何処も駅としては無人であるが綺麗に整備されている。また、途中の所々の駅では、廃車となった旧国鉄や関連私鉄の車両がレストランとして活躍していたり、又は、無造作に置いてあったりする。エンジン音高らかに快調に標高を稼ぐ。神戸(こうと)駅を出るとトンネルに入る。やっと長いトンネルを抜けたと思いきや、すぐに急斜面状に視界が開け、鉄橋を渡る。すぐ下に渓谷の眺めが開ける。対岸の駅付近の集落を過ぎてから、再び鉄橋を渡り返す。観光の目玉、足尾銅山跡の案内がある通洞(つうどう)駅を過ぎて、更に山奥まで登って行くと、終点の間藤駅、15時6分到着である。降りる時に切符を運転士兼車掌さんに渡す。降り返し15時37分発車との事。折返し発車まで30分ほど、間藤駅構内広場にて休憩をする。駅の至る所には、この鉄道の由来や、付近の観光案内の掲示板がある。歴史は古く、渓谷沿いへの鉄道の敷設作業は、かなり大変であったろうと想像できる。駅舎は工芸の展示場を兼ねてあり、付近には、小規模の作業場が並んでいる。
ほぼ時刻通り発車。帰路は、銅山跡を見学するため、先ほどの案内の通洞駅に15時42分に下車。発車時に車内の自動発券機で受け取った整理券と運賃を渡す。立派な駅の待合所と階段を降り、歩いて5分ほどの足尾銅山跡を見学する。意外なことに観光銅山では、バッテリーロコ牽引のトロッコ列車に乗り穴の中に潜って行く。夏場の銅山跡は涼しいが、当時の採掘作業の様子を再現した展示を見ると、作業環境の特殊性もあり、大変そうである。通洞駅に戻り17時30分、桐生駅行きが到着、すぐに発車。再び、元来た逆順の車窓を眺める。沢入(そおり)駅を過ぎると、鉄橋を渡ってすぐに先ほどの沿線一長いトンネルに入る。通過時間を測ると約5分間、距離にして約3キロ位であろうか。トンネル掘りと銅鉱掘りの苦労が重なって想像されてくる。無事、桐生駅に18時44分に到着。前扉で通洞駅からの整理券と運賃を渡すと、改札口を出るための車内清算済みの証明券とに引換えてくれた。
今度の両毛線は、3番線から18時50分発車の高崎駅行きである。定刻通り発車する。この辺りの駅では何処も、ホーム間の鉄製跨線橋柱は四角錘を逆さまにしたような、上面は広い面積で支え、下方では設置面積が狭く出来る様になっているのが特徴だ。徐々に薄暗くなって行き、車窓からは建物や中高層ビルの明かりが見える。すっかり真っ暗となった新前橋駅に19時20分頃到着し、両毛線完乗となった。
新前橋駅の反対側のホームからは上野駅行きが先に発車するとの案内放送があったが、高崎駅辺りで食事を取りたいため、そのまま乗車。暫く停車した後、19時28分発車。高崎駅には19時37分到着した。駅構内で食事を済ませながら、帰途は上野駅経由か八高線経由を思案。結局、八高線経由で帰ることにした。いままでの経路を改めて考えてみると、丁度、関東平野をほぼ外周に沿って一回り周って来たかたちとなった。
八高線は高崎駅ホーム先端の5番線から20時52分発車。幸か不幸か高麗川駅行きの最終列車であり、そのためか着席率は高く約60%である。高崎駅方からキハ111+キハ112+キハ110の3両編成であった。倉鹿野駅の先で高崎線の複線線路から単線非電化で分岐すると、すぐに北藤岡駅である。高麗川駅まで通しての乗客が意外にも多く、22時14分2番線に到着する。ここから八王子駅行きは乗換えとなり、地下通路を潜り1番線から22時19分発車となる。緑色の103系3000番代4両編成である。拝島駅で乗客の入れ替わりが多く、八王子駅1番線に23時2分着となった。
反対側の2番線からオレンジ色201系10両編成の東京駅行き各駅停車に乗車し、更に立川駅で南武線8番線でステンレス車体にオレンジと黒帯の205系川崎駅行きの最終電車に乗車し、23時32分発車。谷保駅下車にて本日の行程完了となった。