早朝、予定より30分ほど遅れて家を出、徒歩約20分でJR中央線国立駅に5:00頃到着。前日窓口が閉まる前に入手しておいたスーパーホリデーパスに改札印を押してもらい上りホームへ。すぐに東京行きオレンジ色201系各駅停車が入線。タイミング良く乗車する事ができた。
車内は夏休み期間中のためか、時間帯を考えると意外と乗車率が高い。車内でカメラのフィルムを入れたり、時刻表を見ながら今日の行程の確認をする。早朝の各駅停車運用なので三鷹駅手前で渡り線を渡り南側の総武・地下鉄東西線直通電車用のホームに入線する。荻窪駅を過ぎた辺りから東に昇る太陽がビルの間に見え隠れする。今日は良い天気が続いて欲しい。新宿駅手前で高層ビル群を仰ぎ、市ヶ谷駅付近の土手の深緑を見ながらゆっくりと走る。お茶の水か
神田で乗り換えても良いが、せっかくなので東京駅まで1駅足を延ばす事にした。神田駅を発車し最近完成した東京駅手前の高架橋を登り高架1番線に到着する。
東京駅で乗り換え、京浜東北・山手線ホームの0キロポスト指標を見つけたのでついでに写真に撮る。京浜東北線の電車が先に入線。ステンレスに青帯の205系である。
途中、神田、秋葉原、御徒町などの街並みを観る。いつもはあれほど混みあっているのに早朝のため鎮まりかえっている。
上野駅に到着する。上野駅に新幹線が開業するまでは、東北、上信越方面への列車の写真を撮りに良く来た時の事を思い出す。この時間帯でも特急列車の発車のベルで構内全体が賑やかであった。来秋10月からの北陸(長野(行))新幹線の開業により、在来線のホームは更に静かになってしまうのだろうか。寂しい限りである。当時は高架ホームからもひっきりなしに特急列車が発着しており、地上ホームとの間を時刻表とカメラ片手に駆け足で行き来したものだ
った。しかし、さすがに当時の経験はまだ生きていて、あの広い構内を迷わずに高架ホームから地上ホームに移動する事ができた。駅の通路の構造はまったく変わっていなかった。非常に懐かしかった。地上ホームの奥の方は、新幹線の改札口となり地上ホームがやや縮小された感じを受けた。
乗車予定のあさま1号の発車時刻7:00までまだ30分ほどあるので地上ホームにて何枚かのスナップ写真を撮る。在来線特急あさま号の電光掲示板や案内板を見ることが出来るのもあとわずかである。発車20分ほど前になりそろそろ乗車する事にする。16番線手前の特急券専用の改札口で改札印を押し
てもらい、列車前方の自由席車両に向かう。列車は丁度入線したところでヘッドマークはまだ回送だった。先頭車横にASAMAの文字が入った薄緑帯の189系車両である。
ヘッドマークがあさまに変わり横軽での連結面の写真などを撮影する。あさまに乗るのは学生時代に長野の研修センターへの2往復以来だ。当時はJNR時代からの赤色帯だったのでずいぶん印象が変わった。自由席だがまだ座席は空いており前方から3両目車両の後方から5列目の左窓側に座る事ができた。窓から外を眺めていると上りの寝台特急が到着する。機関車牽引のため引き上げ時の後方確認作業が大変そうだ。機関車は真っ赤で側面に白色でEF65とデカデカと書いてあったので、多分、東北本線経由の列車だろう。そういえば、以前、私用で2回ほどEF62牽引の急行能登に乗車した事を思い出す。14系座席客車のため首筋が痛かった記憶がある。当時は特に何も思わなかったが今考えると横軽でEF63×2+EF62+14系客車に乗れたなんて、もう最高の気分である。
そうこうしているうちに発車のアナウンスがあり、あさま1号は思ったより大きい振動と共に定刻通りの発車である。周りはいつのまにか満席となり家族連れの帰省客や行楽客、単身客で埋まっている。時折、空席を求めて何人かのグループが車内を往復する。車内アナウンスによるとこの列車の指定席特急券は完売済みで自由席からの移行はできないとの事。終点直江津までの途中駅の到着時間などをアナウンスしている。今回乗車する軽井沢駅までの時刻を確認する。列車はいくつかの上り方面の列車とすれ違いながら徐々に加速し始める。
次回に続く。
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